本記事で解説する内容
フリーランス・業務委託美容師の求人を見て、今の自分の実力なら収入を大きく増やせると考えて独立した方も多いのではないでしょうか。しかし、「実際の手取り額がそんなに変わらなかった」「逆に下がってしまった」という声をよく耳にしますよね。
まず覚えておきたいのが、フリーランス・業務委託で働くということは、個人事業主の扱いになるということです。会社に雇用されて働く正社員とは立場が異なり、保険や年金、税金などの額も異なります。そのため、年収ベースや業務委託契約の報酬額で額面上は同じに見えても、実際の手取り額や将来受け取れる年金額には大きな差があります。見た目の額面だけにとらわれず、保険や税金の視点を取り入れて考えてみることが大切です。
そこで、この記事では、フリーランス・業務委託美容師(以下、個人事業主美容師と記載)と正社員との収入差やメリット・デメリットなどについて解説します。独立するかどうか迷っている方は、ぜひ参考にしてくださいね。
個人事業主美容師と正社員の収入はこんなに違う!
個人事業主美容師と正社員とでは、実際の手取り額や将来的な年金受給額に大きな差があります。では、実際にどの程度違うのか、美容師Aと美容師Bのモデルケースを参考に、シミュレーション結果を見てみましょう。
※シミュレーションはわかりやすさを重視しているため、モデルケースの金額はある程度端数を整えています。また、家族構成もシンプルにし、生涯独身と想定しています。なお、税制は、制度移行期間の特例による煩雑さを回避するため、あえて令和6年度時点(令和7年税制改正前)の税制に準拠しています。
フリーランスの収入例
20歳で専門学校を卒業後、21歳で社員美容師に。その後、28歳で独立し、60歳まで個人事業主。支給額面は月60万円、年収ベースで720万円。
シミュレーション前提条件
・インボイス登録をしない消費税免税事業者
・記帳方式:青色申告/簡易簿記
・業務委託サロン還元率:60%
※材料費や固定費が追加で発生するサロンもあります
・経費:通勤費2万円/月、税理士申告代行依頼費5万円/年
正社員の収入例
20歳で専門学校を卒業後、21歳で正社員美容師に。その後、60歳まで正社員として勤務。支給額面は月50万円、年収ベースで600万円。
保険や税金の仕組みが異なり、正社員の場合は、健康保険・厚生年金保険の半分を企業が負担します。正社員は厚生年金保険を多く払っている分、将来もらえる年金額が個人事業主よりも大幅に増えます。また、正社員には事業税がないのも、大きな違いです。
年間手取り額の比較
総収入ではフリーランスが多くても、実際の手取りでは正社員が多くなっています。また、フリーランスの場合は家族が増えると国民健康保険料の負担が増えてしまいますが、会社員の場合は健康保険額は変わりません。
65歳からもらえる年金額の比較
年金の受取額に関してはフリーランスと正社員では比較にならないほどの大きい差があります。正社員の場合は国民年金と厚生年金で老後が手厚くサポートされますが、フリーランスの場合は国民年金分しか支給されません。
フリーランスと正社員で生涯年金は3000万以上の差が出る!
フリーランスと正社員では年間の年金受給額に大きな差があります。仮に90歳まで生きると想定し、65歳から25年間年金を受け取るとすると、個人事業主が生涯で受け取れる年金総額は2,310万円なのに対し、正社員として勤め上げた場合は5,730万円になり、なんと3,420万円もの差があります。
フリーランスの方は老後も現役で働き続けるか、十分な貯蓄、idecoとnisaに積み立てるなどして自分自身で老後に備える必要があります。
フリーランスの収入UP対策
個人事業主で少しでも手取り額を増やしたいなら、家事按分という方法があります。携帯代などの通信費や事務所兼自宅の家賃などをプライベートと事業用とで按分すると、支出を増やさずに経費を増やせます。手取り額が減らないため、シミュレーション結果の手取り額をアップできるかもしれません。
また、複式簿記で帳簿付けして貸借対照表まで作成し、e-taxで確定申告を実施すれば、65万円の青色申告特別控除を受けられます。
個人事業主美容師には収入差以外にもさらにデメリットが・・・
個人事業主美容師には、収入差以外にも、以下のようなデメリットがあります。
・ローンの審査が通りにくい
・産休などの休暇制度がない
・傷病手当金が適用されない
・新規顧客を獲得しにくい
・アシスタントを使うとパーセンテージが減る
・すべての業務に対して責任を負う
・個人事業主として確定申告が必須
・積極的に学び続ける姿勢が必要
理由について、詳しく見ていきましょう。
ローンの審査が通りにくい
個人事業主は、ローンの審査が通りにくいというデメリットがあります。固定給がないために収入が不安定になりやすく、社会的な信用が会社員よりも低く見られがちです。そのため、お金を借りたい場合などに不利になりやすいのです。将来的に家族で家を建てたいと考えている方は、独立に慎重になったほうが良いでしょう。
毎年の確定申告までに利益をしっかりと出し、安定的な収入を得られていることを証明できれば、ローンを受けやすくなるかもしれません。
産休などの休暇制度がない
結婚や出産を考えている方にとっては、産休や育休などの制度があるかどうかは重要なポイントでしょう。産休・育休を導入している企業も増えてきていますが、これらはあくまで会社に雇用されて働く会社員のための制度です。
その一方で、個人事業主はそもそも社会保険に加入できないため、このような休暇制度はありません。労働基準法や育児・介護休業法は会社員のみが対象となるため、有休や介護休暇などもないことに注意が必要です。
傷病手当金が適用されない
傷病手当金は、原則として健康保険に加入している会社員を対象とした制度です。業務外の病気やケガなどによって4日間以上連続で休み、給与を受けられない場合に手当が支給されます。
しかしながら、個人事業主が加入する国民健康保険には、傷病手当金の制度がありません。万が一、病気やケガなどで働けない期間が発生しても、傷病手当金のような給与補償がないのは、大きなデメリットといえるでしょう。個人事業主向けの補償サービスも登場していますが、自分で手続きをして加入する必要があります。
新規顧客を獲得しにくい
個人事業主になると、自分で営業活動をして顧客を増やさないといけません。美容師としての経験年数が浅く、顧客基盤が安定していないうちは、まとまった収入にはつながりにくいでしょう。
近年はSNSを活用したマーケティング戦略や営業活動も積極的に行われていますが、売り込み方法が理解できていないと、顧客獲得には結びつきません。個人事業主として成功するには、適切な情報発信力も身に付ける必要があることを覚えておきましょう。
アシスタントを使うとパーセンテージが減る
個人事業主美容師が勤め先でアシスタントを使った場合、店舗によっては、受け取れるパーセンテージが減るケースもあるようです。個人事業主は1人ですべての業務をこなす前提で活動することが多いため、アシスタントの有無や使った場合の報酬体系などについては、契約前にしっかりと確認しておきましょう。
また、個人事業主になると顧客情報の管理や集客、道具の管理、お金の管理などの雑務も1人でこなさないといけません。業務量が増えることで体力面や精神面で負担を感じやすいため、自己管理が求められます。
すべての業務に対して責任を負う
顧客からクレームがあった場合など、社員時代はお店側が守ってくれていたという方も多いでしょう。しかし、個人事業主になるとすべての業務に対して責任を負うことになりますので、当然ながらクレームなどにも自ら対応しないといけません。
そこで重要になってくるのが、接客力や人間力です。技術だけが洗練されていても、対人スキルが身に付いていないと、信用には結びつきません。「何があっても自己責任」という強い信念のもと、常に自分を高めていく必要があります。
個人事業主として確定申告が必須
個人事業主は、確定申告が必須です。会社を退職したら国民年金や国民健康保険への加入手続きが必要なほか、納税も個別で行わないといけません。また、売上や経費を記録し、税金を計算して申告手続きを行う必要があります。
個人事業主として働く以上、確定申告は避けては通れません。怠ると無申告加算税や延滞税などのペナルティが課される可能性があるほか、無申告や所得隠しをすると刑事罰に科されることもあります。面倒でも、必ず行いましょう。
会計ソフトを利用すれば、手書きで帳簿付けをする必要がなく、WEB上で作業を完結できます。また、別途費用はかかりますが、帳簿付けや領収書管理に自信がない方は、税理士に依頼する方法もあります。
積極的に学び続ける姿勢が必要
社員時代であれば、先輩から技術指導をしてもらったり、社内研修に参加したりする機会が多かったことでしょう。しかし、個人事業主になると、そうした環境ではなくなります。講習会や勉強会などに積極的に参加し、技術や知識を磨き続ける姿勢が必要です。
シェアサロンのなかには、個人事業主同士での勉強会や情報共有の場を設けているところもあります。また、SNSで新しい技術を発信している美容師も多いので、積極的に目を通しましょう。
個人事業主美容師にはこんなメリットも!
ここまで、個人事業主美容師のマイナス面ばかりを伝えてきましたが、もちろんメリットもあります!
・働き方の柔軟性が高い
・残業がほとんどない
・土日や祝日も休みやすい
・働いた分だけ収入につながる
4つの視点から、メリットについて詳しく解説します。
働き方の柔軟性が高い
個人事業主美容師の最大のメリットは、働き方の柔軟性が高いことです。店舗に出る曜日や時間帯を自由に設定できますので、家事・育児や介護、副業など、ライフスタイルに合わせた働き方ができます。
また、仕事内容を自由に選択できるのも、大きな魅力です。やりたい業務のみに専念できますので、専門分野のスキルアップを目指せます。
残業がほとんどない
「美容師は残業が多い」といわれているように、連日にわたる長時間労働で疲弊している方は少なくないでしょう。開店前の準備やミーティング、閉店後の片付けや掃除など、営業時間外にもさまざまな業務が発生するため、拘束時間がどうしても長くなりがちです。
個人事業主になると勤務時間を柔軟に設定できるため、残業がほとんどありません。先ほど述べた内容とも重複しますが、ライフスタイルに合わせて働けますので、プライベートの時間を大切にできるのが、大きな魅力です。
土日や祝日も休みやすい
美容室は月曜日や火曜日に休日を設定しているところが多く、美容師の休みもそれに合わせて取得される傾向にあります。土日祝日は繁忙期とあって、「休みたくても休めない」という経験のある方も多いのではないでしょうか。
個人事業主になると休日を自由に設定できますので、土日や祝日も休みやすいのが特徴です。ただし、最近はサロンのなかにも土日に休めるところが増えてきていますので、あまりメリットとはいえないかもしれません。
働いた分だけ収入につながる
一般的に、個人事業主美容師は歩合が高めに設定されているケースが多いため、高収入を狙いやすいという利点もあります。とはいえ、最近の美容室は歩合還元率が良くなってきています。社員でも高収入を目指せることから、個人事業主だけのメリットとはいえなくなりました。
個人事業主美容師の主な働き方
最後に、個人事業主美容師の主な働き方について解説します。
・業務委託
・シェアサロン
・面貸し
似ている面も多いので混同されがちですが、違いをしっかりと押さえておきましょう。
業務委託
業務委託は、美容師とサロンとで業務委託契約を締結し、取り決められた業務を遂行します。サロン専属のスタイリストとして働くケースもあれば、出張スタイリストとして働くケースもあります。給与形態は、基本的に歩合制です。
トラブルが起きた際は自分で対応する必要があるため、契約前にしっかりと内容を確認し、必ず契約書を作成しましょう。なお、業務委託には労働法が適用されないため、契約に含まれていない残業や業務までこなす必要はありません。
シェアサロン
シェアサロンは、個人事業主美容師の新しい働き方を叶えるサービスとして、近年注目が集まっています。物件や美容室の一角を複数名の個人事業主美容師でレンタルし、自分の顧客に対して施術する働き方です。
業務で使用する設備や備品は揃っている状態なので、新たに購入する必要がなく、初期費用がかかりません。設備・備品は、レンタル料を支払えば自由に利用できます。レンタル料については、月額制や時間制、歩合制などさまざまなタイプがあります。
面貸し
面貸しは、サロンの空き時間を利用し、空きスペースを借りて自分の顧客に施術する働き方です。サロン運営者と美容師は雇用関係ではなく、「オーナーとその利用者」という関係です。売上の全額を自分の収入にできる代わりに、収入の一部をレンタル料としてサロンに支払う必要があります。
その際の支払方法としては、「売上の〇%支払う」といった方式や借りた時間分の利用料を支払うなどが挙げられます。なお、面貸しと業務委託は混同されがちですが、業務委託はそのサロンについているお客様の施術を担当するため、売上はサロンのものとなります。取り分については、サロンの方が多めであることも覚えておきましょう。
まとめ
シミュレーションの結果、個人事業主美容師と正社員とでは、手取り額や将来的な年金受取額に大きな差があるとわかっていただけたかと思います。柔軟な働き方ができることや働いた分だけ収入につながるといったメリットから個人事業主にあこがれる方も多いですが、少し立ち止まって考えてみることが大切です。
近年は、「指名売上の40~50%を還元」「完全週休二日制」「社会保険・厚生年金制度あり」「手厚い福利厚生(産休などがつく)「アシスタントがつく」「極端な残業がない」などの条件で美容師を雇用しているサロンも増えています。これらの条件が整っている美容室に勤務するなら、個人事業主になるメリットはあまりないといえるでしょう。独立することばかりにとらわれず、魅力的な条件で雇用してくれるサロンがないかどうか、今一度検討してみても遅くはないはずです。